大判例

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大阪高等裁判所 昭和27年(う)1008号 判決

原判決は京都府立医科大学の学生であつて被告人等が同大学附属女子専門部教授会の審議を妨害した廉により同大学々長から学生の本分に悖る行為があつたことを事由として放学処分を受けたるも、右処分により、学生の身分を喪いたるものにあらずと主張して依然として登校聴講せんとしたため、学長が職員に命じこれを阻止せんとしたるにより、被告人等は京都地方裁判所に被告人等が学生の身分を保有していることを確認し、学生としての行動を妨害してはならない旨の仮処分命令を申請し、次いで放学処分取消の本案訴訟を提起したところ、右本案訴訟については被告人等勝訴の判決を受けたが相手方の控訴により大阪高等裁判所において更に審理中であり、右仮処分事件においては被告人等の申請が却下されたので、被告人等はその後合法的に講堂に入り聴講することができないことを知りいたるに拘らず、第一、被告人平井正也は(一)昭和二十五年一月二五日頃同大学本講堂附近で同被告人を抱き止めようとした守衛鈴木男也の腕を掴んで投げ倒して暴行を加え、(二)同年二月四日頃前同様同被告人が講堂に入るを阻止せんとした右鈴木守衛ともみ合い同人の胸を右肘で強打し治療日数約三週間を要する右肋骨打撲傷を負わせ、第二、(一)被告人平井正也は同年一一月二五日頃同大学第六臨床講堂附近で同被告人等の入室を阻止せんとした同大学教務課職員北山久三郞の腰部を殴打し、同山内敏雄のネクタイを掴んで首を締めつけて暴行を加え(二)被告人木村昭は同日同所で右山内敏雄の襟元を掴んでネクタイを引張つて暴行を加え、第三、(一)被告人木村昭は同月二七日頃同大学第七臨床講堂附近で同被告人等の入室を阻止せんとした前記鈴木守衛の右手を引張り或は胸倉を掴んで階段から引きずり降ろし、同大学自動車運転手小林良造がその場面の写真を撮影しようとしたのを妨げるため、同人の背後から抱きついて同人の所持していた写真機を取り上げてそれずれ暴行を加え、(二)被告人福田弥一は同日同所で同大学教務課職員栗原稔に対し頭を突きつけ、同松田庄一郞に対し体当りをして暴行を加え、(三)被告人平井正也は同日同所で鈴木守衛を殴打し腕を掴んで階段を引きずり降ろして投げ倒し同人に対し治療日数約三ケ月を要する右膝関接捻挫の傷害を負わせ、第四、被告人三名はそれぞれ不法に聴講する目的を以つて、同月二一日頃から、同月二五日頃まで被告人平井正也は六回、被告人木村昭同福田弥一は各二回にわたり同大学第七臨床講堂に侵入し、第五、被告人平井正也は同月二八日頃前記本講堂附近で居合せた前記栗原教務課員外職員学生等約二〇名に対し鈴木守衛を指示してこの人はこれまで詐欺、恐喝強盜等なにでもやつて来た前科者で近所の刑務所で行かないところはないと言つている等と放言し、以つて右鈴木守衛の名誉を毀損したものであるとの事実を認定した上、被告人平井正也を罰金三〇、〇〇〇円に、被告人木村昭を罰金一五、〇〇〇円に、被告人福田弥一を罰金一〇、〇〇〇円に処し、なお所論摘録のような情状にあるから被告人等に対しそれぞれ一年間右刑の執行を猶予すべきものと判示している。そこで先ず原判決が被告人等に対し罰金刑を選択処断すべきものとした点の当否について審按するに、原判決は刑の執行を猶予すべきものとした点については詳細な説示をなしながら、罰金刑を選択した理由につき特に明記するところがないのみならず、原判決摘示の前記犯罪事実からは暴行、傷害、建造物侵入がそれぞれ一回に止まらず、屡々繰り返えされていること、暴行、傷害の方法は甚だしく野蛮であつて、むしろ兇暴性を帯びていること等が認められ、犯情必ずしも軽からざるものを看取し得られるのである。しかも本件は学園内における一種の争議行為であると認められるが、労働争議においてすら正当行為と認められない暴力の行使が如何に血気盛りの青年とはいえ、文化と教養を誇る学生の択ぶべき手段として許容せらるべくもないのである。更に原判決は被告人等が講堂に侵入したのは聴講の目的に出でたものであるとしているけれども、本件記録に徴すれば、被告人等は向学心もだし難くその挙に出でたものではなく、真摯な学生の当惑を無視して講議の妨害を企てたものではあるまいかと疑うべき証拠を発見するのである。本件の犯情かくの如しとせば、被告人等に対しては、すべからく懲役刑を選択しその責任を追及するものでなければ一般警戒の目的を達することは不可能である。原判決も犯罪の情状と題する部分において、被告人等が勉学の途上未熟な主観に捕えられ客観的事実を無視して聴講し守衛や教務課員に暴行傷害を加え以つて学園の紀律と社会の秩序を乱した非行について深い反省を促し、道義的責任感を喚起させるために法的制裁を科することが寬に過ぎてはならぬと説示している。しかし、刑罰を科する目的は単に犯人の性格の改善にのみ存するのではないのであつて被告人等の深い反省を促し道義的責任感を喚起させるだけでは足りず、同時に同種犯行の予防ということをも無視することはできない。しからば原判決はすでにこの点において量刑を誤つたものといわなければならないのである。

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